バックナンバー  平成14年11月25日 第99号 bQ

No.1へ
会館取得臨時総会
組合の動き・理事会報告

No.2
であい
京セラに〜…短期講座を受講して
ケアンズ&エアーズロック

No.3へ
京の文学散歩/シリーズ京都の人
VIP君ランちゃんゴルフコンペ
ふれあい美術館


5頁

であい

山との出会い 中京支所 間嶋 利行

 長年の不摂生と運動不足がたたり、 成人病といわれる高血圧・糖尿病等の予備軍に入ってしまった。

医者に相談すると 「酒をやめろ」 「運動をせよ」 いやなら 「薬を飲め」 とおきまりの返事だ。


 一生の友人である酒を止めるわけにはいかず、 薬を飲み続けるのもいやな私は到底続くはずもない 「運動をせよ」 を選択する羽目になった。


 元来運動音痴で体を動かすのが苦手で、 長年ゴルフをしても120前後、 ボウリングは玉が重すぎ、 ソフトボールでは、 ずっと昔のこと支部対抗で開始早々のライトフライをバンザイして即ベンチ入りの苦い経験の持ち主である。


 しからば、 誰にでもできる 「歩く」 ことから始めようと毎朝賀茂川べりを2年間歩き続けた。 結果、 体重が2、 3kg減っただけで成人病の気はさらさらなくならない。


 あきらめて、 もとの楽な生活に戻ったとたん、 体重がリバウンドして本来より3kg重い76kgとなり万事休した。


 だが、 ここで終わるは並と、 今度はさらにハードな 「山登り」 を課してみた。


 ここまでやらなければならない理由は何もないが、 格好良く言うと、 単純にこのままではいかんと体の叫びがこうさせたのだと思う。


 夜の誘いはことごとく退け、 朝5時起床し、 市営銀閣寺駐車場 (夕方5時から翌朝8時まで無料) より早朝大文字登山が始まった。


 初めのうちは、 大文字山はおろか途中の仙人塚までたどり着くのがやっとの状態が、 1週間もするとお堂 (大文字火床) まで、 1ケ月もすると奥の三角点まで行けるようになっていた。


 雨の日も、 風の日も、 夏の暑い日も毎日毎日登り続けて5年間、 仲間もでき、 苦しみより楽しみが多くなりだすと不思議なもので、 自然と体重は10kg減り、 成人病などとは無縁な体に変身していた。


 毎月2、 3回近畿の山々を楽しみ、 年数回は、 全国の山に挑戦している。


 今後は、 深田久弥氏の 「日本百名山」 を踏破しようと大それた考えに浸りながら今日も大文字山から帰ってきた。

ソフトボールとの出会い 中京支所 鴨井 勝也

 小学校5、 6年生の頃を思い出すと私は、 運動であれ遊びであれとにかく走ることが大好きな子供でした。

朝早く起きて下鴨神社の糺の森や高野川の堤防によく走りに行きました。

道程の遠い学校へもドッチボールのコート取りの為いつも一番のり、 また放課後は蛍の光の曲が放送で流れるまでどろじゅん (泥棒と巡査に分かれてする鬼ごっこ) に没頭するという毎日でした。

丁度この頃私は初めてソフトボールと出会いました。


 校内の球技大会種目に選ばれたので大会前の体育の授業はすべてソフトボール (女子はハンドベースボール) 担任の先生が経験者であったこともあり大変熱心で、 体育の授業が延長となったことも度々ありました。

その時初めてさせてもらったポジションがピッチャー。 当時少年野球で軟式はやっておりましたが、 外野だったのでボールがあまり飛んでこず、 バッティングもさ程上手ではなかったので野球そのものはそんなに喜んでやってはいなかったのです。


 しかし、 ピッチャーをさせてもらったこともあるのでしょうが、 ボールに触れる機会が急に増えたことですごく楽しかったことを覚えています。


 その時から約12年後の24才の時でした。 今度はそのソフトボールに本気でのめり込んでしまったのです。

私の友人の父親が監督を務める社会人を対象としたソフトボールチームに誘われ入部致しました。

所属リーグは公認ではないものの休日だけで春秋のシーズン合計で約30試合を消化。 試合結果はすべて新聞に掲載され、 また打率や打点等及び防御率等の個人成績もすべて集計し発表されるかなり本格的なものでした。

当然、 一線は退いたものの野球やソフトボールの経験者ばかりで私の球技大会程度のピッチャーではとてもそのポジションの空席はなく、 ただ足が速いというだけのピンチランナーか、 外野守備の交代要員でのスタートでした。

それから私の地獄の特訓?! (楽しい毎日?!) が始まったのです。

仕事から帰宅し、 まずやることはジョギングにダッシュの練習。 そして夜は素振り。 「近所の人から変な人呼ばわりされて恥ずかしい」 との妻の言葉にもめげず練習に励みました。

その甲斐あってかセンターのレギュラーポジションも取れることができ、 それからは打撃成績に一喜一憂しながらも楽しい日々を送ることができました。


 ふと気が付けば30才、 娘が生まれたというのにまだ資格がなかったのです。 ということで私のソフトボール生活は終わりを迎えること (終わらされること) となったのです。


 あれから10年経った今ではたまの町内対抗や支部対抗ソフトボールで童心に戻り楽しんでいます。 さて今度は娘でも鍛えようかな!! (でもまた妻にとめられそう……)

6〜7頁

京セラに学ぶ  実学と会計経営の考え方

   −短期講座を受講して−   下京支所 臼田 多惠

 去る9月10日、 公認会計士であり税理士でもある小長谷敦子先生を講師に短期講座 「京セラに学ぶ−実学と会計経営の考え方」 が開催された。


 数年前に京セラ会計学と出会い 「今までは机の上の理論を振りかざして自己満足していたが、 それでは通用しないということをひしひしと感じた」 とおっしゃる小長谷先生。 以下その内容を簡単に報告する。


 中小企業の社長と話をすると 「つねに明日への不安がある」、 「寝ていても資金繰りが頭をよぎる」、 「優秀な社員がいない」、 「毎月の正確な月次決算が早く出ない」 等いくつかの共通した悩みがあることがわかる。


 京セラの場合そういった悩みを解決するためにどの様な方法をとっているのか。


1.アメーバ経営 (小集団部門別採算制・ユニットオペレーション・自主独立責任経営) を行う。


 アメーバ経営とは、 社員を10人程度の単位 (アメーバ) に分けて各部門ごとの採算性を月次で出し、 時間当たりの採算で各部門の成果を見るという方法。


 大きな組織になると社長は全体を掌握出来なくなる。 しかし 「アメーバ」 という中小企業の集まりのような形をとることで組織の管理が簡単になり、 なおかつ経営者意識を持った人材を育成することが出来る。


 京セラは机の上で積み上げていく原価計算ではなく市場の価格から原価を決めるという方法を取っているので、 値決めの為に組織改革まで考えなければならない場合も出てくるが、 アメーバ経営によってそういう意識も身に付く。


 具体的には自部門の製品を他部門に売買するというやり方で、 各部門間が交渉によって値決めをし利益を確保していく。

利益があってもキャッシュがないという状態を避けるため、 在庫 (キャッシュが製品に変わっている状態) についても厳しくチェックされる。


 また 「三現主義=現場・現実・現金を知る」 も採用。 どこかで滞留が生じていたらリーダーは現場に急行して現実を知り、 対策をたてなければならない。

現場ではすべてを現金で換算する。 これにより、 このロスでいくら損をしたかという金銭感覚が身につき、 ロスを補うためにいくら売上をあげなければいけないかがわかるようになってくる。


 経営者意識を持った人材を育成するためにこうしたシステムを構築したが、 これを成功させる為にはその理念を全員に浸透させなければならない。

そこで社員のモチベーションを高めるために、 お酒を飲みながら部門の採算性やリーダーの考え方、 仕事に対する不満等を話しあう 「コンパ」 (会社が用意するのではなく社員が自腹で行う) を頻繁に開催したり、 月次会議のように部門間でせめぎあう場、 目標を達成したらみんなで賞賛しあえる場を持つことが必要となってくる。


2.月次決算を早く出す。


 前月の結果を当月に活かそうと思えば、 しめ後1週間位で正確な月次決算を出さなければならない。

京セラでは売上は請求書発行段階でしめ、 仕入は検収ベースでしめて、 月末の8時頃にはすでに概算の利益を出している。


 修繕費を平均化するなど月ごとの経費のデコボコを少なくすることで、 売上が決まれば大体経費も決まってくる。

京セラの場合は変動費・固定費と分けて考えず、 すべて管理可能な経費であると考えているため、 売上・仕入がわかれば経費が決まり、 概算利益がわかる。

数日後正確に出た結果とも、 ほとんど違いはない。 迅速な決算を行うことで経営も見えてくる。


 決算後は丸1日かけて次の様な内容の幹部会議を開く。


@月次決算報告


 目標が達成出来なかった場合そのまま放置するのではなく、 何故達成出来なかったのか、 今後どうするのかを追求する。 年初に作成したビジネスプランについても半年たったら見直す。


A未収会議


 お金を回収するまでは営業部の責任であり、 前月の未収報告と同じ理由では怒られる。

返品・値引きに対するチェックも厳しい。 営業や経理が勝手に赤伝をきることは出来ず、 経営管理部による返品・値引き等の赤伝の承認が必要である。


3.固定費は意志決定をした段階で決まる。


 減価償却費も組み込んだ投資効率一覧表を作成し、 それで十分に利益が見込めるものにしか投資をしない。 人件費においても同じ。 投資後も毎月投資効率一覧表を作って検討していく。


4.何事においてもやりっぱなしではなく、 必ずフォローを続ける。 また景気のよい時に悪い時の準備をしておく。


5.京セラ会計学と実務対応


@キャッシュフロー計算書を作成することで儲けたお金がどこへ消えたかを知る。


A利益と手元にあるお金との間に介在するものを無くし、 利益がそのままお金として残る経営をする。

そのためにはいらない資産や在庫は持たない。 余分な設備投資はしない。 また稼働していない機械などは処分してしまう勇気も必要である。


B借金は出来るだけ早く返し、 自己資金を蓄積する。 つまり不利を負わない。 実体のないもの、 元本を保証されていないものには投資をしないという考え方が根底にある。


C 「勘定あって銭足らず」 にならないよう、 キャッシュの動きと利益を直結させる努力をする。 ここでは売掛金回収状況等を検討する月次の未収会議が重要な役割を果たしている。


6.京セラ会計学の基本原則


@一対一対応の原則
 債権管理システムを確立し売上と入金を一対一の対応でチェックして売掛金を管理する等、 何事においても一対一の対応を行う。


A筋肉質経営の原則
 無駄な投資をせずシンプルな貸借対照表にする。


B完璧主義の原則
 製造工程では少しミスがあっても製品として通用しない。 経理の数字も消しゴムで直せると思わず完璧主義を貫く。


Cダブルチェックの原則
 担当者一人に任せると責任が重い。 ダブルチェックでミスを早期発見、 担当者の責任を解除する。


D採算向上の原則
 アメーバ経営により社員1人1人のモチベーションを高める。


Eガラス張り経営の原則
 部門ごとの計算は売上と経費、 その差額で利益がでるという非常にシンプルなもので京セラでは 「家計簿経営」 とよんでいる。 誰にでもわかるかたちで数字を示すことで透明性を高める。


 以上は京セラで実践されている方法であるが、 そのまま中小企業に活かすことは難しい。

そこで 「お金を確保するための新しい会計経営システム」 によって作成した次のような表を決算書につけ、 社長に自分の会社の状態を知っていただくことで悩みの解決をはかっている。


@わかりやすい変動損益計算書
 その会社の過去5年程度の決算書から、 売上と共に変動していると思われるものを変動費、 それ以外を固定費とし、 「粗利益」 と 「売上に関わらない固定費」 を見るもの。


Aストラック図表
「わかりやすい変動損益計算書」 を図にまとめたもの。


Bキャッシュフロー計算書


C資金別貸借対照表
 通常の貸借対照表を並べ替え、 資金を4つに区分。

各々の区分ごとに運用と調達の差額を出したもの。 (福岡県久留米市の佐藤幸利税理士が実用新案登録権者であり、 使用する場合には所定の使用契約が必要)


 実際の作成手順としては、 まず従来の損益計算書を 「わかりやすい変動損益計算書」 に作り替える。

次にキャッシュフロー計算書作り、 資金繰り実績表をもとに作った資金繰り予定表とチェックしてお金の流れを分析する。


 貸借対照表からは 「資金別貸借対照表」 を作り、 資金のバランスや残高を検討していく。 この表からは儲けたお金がどこに流れていってしまったかがわかるので、 例えば売上・仕入資金に問題がある場合には、 それを改善するために回収と決済のチェック表を作ってみるのもひとつの方法である。


 さらに資金別貸借対照表2期比較を作ることによって、 どこの資金が改善され、 どこの資金が悪化したかということが明らかになる。


 また 「わかりやすい変動損益計算書」 からストラック図表を作成する。

作成方法は、 まず全体を売上高とし、 それを変動費と粗利益に分け、 次に粗利益を固定費と経常利益に分ける。

図中のf/m比率とは粗利益に対する固定費の割合で、 これにより企業の経営状況がチェック出来る。


 つづいて固定費を 「F1・人に関する固定費 (給与等)」、 「F2・物に関する固定費 (減価償却費等)」、 「F3・金に関する固定費 (支払利息等)」、 「F4・未来に関する固定費 (広告宣伝費等)」 に区分する。

F1を使って従業員に 「労働分配率 (粗利益に対する人件費の割合)」 を説明することで、 現在の人件費ではどれだけの粗利益や売上が必要かを理解してもらうことも出来る。


 ストラック図表一枚で、 その会社の損益構造がわかる。


 その後、 その会社の体質や資金のバランスを見て利益計画につなげていく。


 関連会社がある場合にはそれを縦に並べ、 それぞれの所得と税金、 社長やその家族の個人所得、 さらに社長の相続税をあわせて5年分ぐらいの経営計画表を作成するが、 その際社長から予想される事象を聞き出し、 それに対しどういった手を打っていくかを社長と一緒に考え、 記入する。

そして、 それをふまえてそれぞれの会社の計画表を作る。


 京セラの場合、 それぞれ末端の担当者に来期以降の売上目標を聞き、 それを積み上げて売上予想を立てている。


 以上のような内容で行われた小長谷先生の熱心な講義は、 「自己満足に陥った仕事をしていないか」 を改めて考える機会となり、 今後の参考ともなる大変充実したものであった。

8頁

京都税理士協同組合30周年記念旅行

ケアンズ&エアーズロック 〜オーストラリア2大世界遺産を満喫〜

 二日目   上京支所  室谷 澄男

 2度目のオーストラリアであるが、 エアーズロックは初めて訪れる所であり登頂出来るか不安と未知へのあこがれを抱いて京都駅へ。


 夕方の6時すぎJRはるかにて出発。 関空では搭乗手続きに手間取り結団式がせわしく行われ10時すぎカンタス航空50便で関空を飛び7時間の空の旅を楽しんだ。

食事やお酒を頂き眠りについた数時間後、 雲海から素晴らしい日の出を見ることができた。

その後、 ケアンズ国際空港に着陸し、 ヒルトン・ケアンズホテルで朝食をとった。

世界遺産のエアーズロックへは、 先ず飛行機で3時間その後バスで走る。

一度ホテルに入り昼食もすませ、 ウルル・カタジュタ国立公園に入った。

広大な敷地のため自然火災が発生しても消火作業が行われない。

この日も遠くの方で煙があがっていたり、 すぐそばの草木が燃えていた。


 最初に、 丸みを帯びた大小36個の岩からなるマウントオルガ (カタジュタ) を見た。

先住民族アボリジニの聖地につき奥の方へは行けない。

この不思議なオルガ群は小石が粘土と砂で固結した礫岩であり、 一番高いオルガは546mもある。

また、 カタジュタとはアボリジニ語で沢山の頭という意味だそうだ。

その後、 バスは某展望台まで向かい雄大なマウントオルガを眺めたが途中雨が降ってきて早目にバスに戻った。

この雨によりエアーズロックに架かった虹を見ることができ大感激。

そのエアーズロック (ウルル) の周囲をバスで一周した。

岩肌にはカエルのような自然模様が浮かびあがっていた。

ここも住む地域によってアボリジニの聖地になっており一部撮影禁止区域があった。

周囲9・4km高さ348mの世界最大の一枚岩であるが、 これは岩全体の10分の1であり残りは地下に埋まっている。

バスは次の目的地へ走る。 そこで沈む夕日にエアーズロックが鮮やかに赤くなっていくはずだったが、 雲が出てきて夕日が隠れてしまった。

宿泊するデザート・ガーデンズホテルはコテージタイプになっておりモダンな雰囲気がする。

夕食は、 近くのレストランにてビュッフェスタイルのウェルカムパーティ。

食後雨のためホテルに戻れずしばらく待機。 ホテルに戻った後も嵐のような雨、 本当に今の季節乾季なのか。

 三日目  上京支所  松村 一郎

 旅行の参加申込書が、 事務所に届いた時、 汚名返上の唯一のチャンスと思い、 妻と2才6ケ月の娘も連れていくことに決めました。

今、 振り返れば、 参加した先生方に、 ご迷惑をお掛けしたのではと恐縮しております。

ただ、 諸先生方やその御夫人が、 たえず娘を気づかって下さった為、 無事6日間を過ごすことができたと感謝しております。


 さて旅行の内容ですが、 ケアンズ及びエアーズロック、 また、 グリーン島にキュランダ観光とを6日間で制覇するという贅沢な内容でした。


 特に、 印象に残るのは、 2日目、 3日目と滞在したエアーズロックでした。

オーストラリアを象徴する大自然を目の当たりにして、 その圧倒的な存在感に心を奪われました。

また、 砂漠の真ん中にそびえ立つ巨石は、 鉄分を多く含むため夕日を浴びると真っ赤に染まり、 熱を帯びているかのごとき輝きを放ちます。

ただ、 その日は、 年間有るか無しかの雨に見舞われ、 曇りがちの天候の為、 残念ながら、 真っ赤な岩山を拝むことは、 できませんでした。

しかし、 その地で頂いたシャンパンとクラッカーは、 とても美味でした。


 一夜明けて有志の先生方はエアーズロックに登山に出かけました。

当然、 私は参加し、 山頂を目指しました。 学生時代ラクビーをしており、 また、 36才と最年少でもあり、 高さ348メートルの岩に、 自信を持って先頭集団にて登山をスタートしました。

ところが、 約3分の1を経過したところで高山病というか息切れと頭痛にみまわれ、 最初の脱落者となってしまいました。

楽しそうに昇られる先輩をしり目に、 涙の下山となりました。

しかし、 家族3人大いに遊び、 癒された旅行となり感謝しております。

9頁

 四日目  伏見支所  植田  順

 昨日のエアーズロックから今日はオーストラリアの海の世界遺産であるグレートバリアリーフの中にあるグリーン島とアウターリーフへのクルージングである。

朝8時にホテルを出発して、 徒歩で船着場に向った。

白い大きなクルーザーはとても美しく、 これから始まる1日をすばらしい1日にしてくれるように思えた。

海に出ると、 思っていたよりも荒れていて、 何かにつかまらないと歩けないような状態であった。

船の中では、 紅茶のサービスと乗り物酔の薬が用意してあった。

デッキの方に行くと、 青い空と海風が気持ち良く、 広い海原をすべって行くようなクルージングを満喫することが出来た。

約1時間程で最初の目的地であるグリーン島に到着した。


 グリーン島はグレートバリアリーフの中にある小島で、 島のまわりはきれいな砂浜で、 島の中には、 レストランやプール、 さらにワニの動物園もあった。

参加者達は各々ビーチへ泳ぎに行ったり、 木陰でビールを飲んだり、 体験ダイビングの講習に行ったりと、 童心にかえって楽しまれていた。

グリーン島で約2時間程すごして、 今度はアウターリーフへ向った。

船に乗って約1時間程で海のまっただ中にポツンと浮いている、 その名もポツーンという海上デッキに到着した。

海上デッキは、 広さが約100坪位の海の上に浮いているイカダみたいなもので、 私が最初想像していた白い砂浜だけの島とは大違いであった。

ポツーンでは、 バイキング料理が用意出来ていて、 久しぶりに食べたカレーライスは、 学食でよく食べたカレーライスの味がして、 妙になつかしかった。

昼食がすんで、 いよいよシュノーケリングをしようと道具を借りて海に入った。

この日は、 あいにく風が強く、 波がすごく強い波で、 海になれている私であったが、 少しこわい感じがした。

しかし、 海の中はすばらしい世界が広がっていて、 色あざやかな魚がいっぱい泳いでいた。

水深は約20メートル位で、 海底の方では、 ダイビングをしている人達が、 魚にエサをやって、 自分の回りにいっぱいの魚を集めて楽しんでいた。

海上に顔を上げると、 少し離れた所に砂浜が見えたのでそちらの方に泳いで行こうと、 約20分位泳いだけれど、 波におしもどされて結局あきらめてしまった。

ポツーンには、 ヤミサブラリンという潜水艇もあり、 別に海の中に入らなくても、 海の中の様子を見ることも出来た。


 約3時間程のグレートバリアリーフであったが、 とてもスケールが大きく、 とても楽しい1日が過ごせたと感じた。

帰りは、 約1時間半程でケアンズに到着し、 そのままホテルに帰り、 夜の食事時間までゆっくりとすごした。


 今夜の食事は、 日本食なので、 どんなドンチャン騒ぎになることやら……。

この楽しさは、 参加してみな、 わかりませんよ。

短歌

下京支所 小田 良三

    京税協の旅 「オーストラリア」

    曙に 目覚めケアンズへ 降り立ちぬ
                 世界遺産を 巡る旅路へ
    巨岩おおいわの エアーズロックを よじ登る
                 涼風肌に 心地よき汗
    見渡せば マウントオルガは 朝がすみ
                 周りに山の 一つだになし
    ダイバーに 寄り来る魚の 美しき
                 アウターリーフの 海中を見る
    一望の 熱帯雨林 バロン滝
                 樹海を分けて 瀑水流る
    オパールの 輝き込めて 珊瑚礁
                 空から眺む 素晴らしき海

地区連絡部門一泊旅行
  箱根・富士 鐘山温泉

  開催日 15年4月20・21日  多数のご参加お待ちしていま〜す

10頁

 五日目  宇治支所  小山 岩男

 予定ではゴルフ組と観光組に分かれることになっていたが、 全員観光と言う事でキュランダに出発した。

1班は行きが電車・帰りがスカイレール、 2班は逆の観光ルートで目的地にそれぞれ張り切って出発した。

我々1班は、 電車とはいうもののディーゼルカーで、 新しいけれどもレトロ調の車体に、 座席は硬い長椅子って感じでご想像下さい。

山肌に沿って、 くねくねと走る長い列車から眺める左右の景観は例えようの無いすばらしいものであった。

トンネルが多く、 その度に窓を開閉せねば煙が舞い込んでくる。

昔の東海道線の逢坂山トンネル・東山トンネルを石炭をもやして走る蒸気機関車で通過したのを思い出させる。


 到着地は山あいのちっちゃな空き地に、 みやげ物店やレストラン、 喫茶店が所狭しと建ち並び、 何処にでもある観光地の風情で特筆する事も無い。

ただ街角で先住民とおぼしい殆ど裸の兄ちゃんが5、 6人で踊っておねだりをしていたので、 彼らと一緒に写真を取らせて貰ったがお礼をしたかどうかの記憶はさだかでない。


 帰路は6人乗のロープウェイに分乗して、 ジャングルを思わせる熱帯雨林のうえを 「ここでロープが切れたら助かっても帰れへんやろな」 と訳の分からぬ会話をしながら降りて来た訳ですが、 そのロープウェイに乗る前の説明によると、 「このロープウェイの中で、 ジャングルの上をすごい速さで飛ぶ紫色の蝶を4度見た人は大金持ちになる」 との言い伝えがある由、 因みに見た人は無かった模様で、 1度見たとか2度見たとか誰かが言っていたがどうも眉唾ですね。


 夕方からのさよならパーティー、 会場はケアンズで最高のレストランとのことで、 州知事はここが最もお気に入りで、 大切なお客様のおもてなしによく利用されるとか、 ほんとかな?行き帰りに見たケアンズの夜景は函館の山の上から見た景観を思い出させてくれた。

◎写真交換会を開催
 9月28日午後4時から、 新都ホテル桂の間にて、 オーストラリア旅行の写真プリントの交換会を開催。

38名が出席し、 室谷先生の素人ばなれしたビデオテープが上映され、 お互いに旅の楽しさを想い出しながら、 各自のプリントを交換し、 中華料理を味わいつつ、 終始、 和やかなムードで盛会裡に閉会した。

◎写真コンテスト結果
 11月8日、 組合会議室において写真コンテスト審査会を開催した結果、 10名の応募があり、 次のとおり決定しました。

最優秀賞 宇治支所 片野晏弘先生(NO.1写真)
優 秀 賞 舞鶴支所 橋本彰二先生
左京支所 吉澤俊二先生

 

 

両丹懇談会

 平成15年4月4日(金) 開催

開催場所 東舞鶴    「ホテルマーレたかた」
  両丹地区組合員の先生方の
  ご参加をお願いします。

大同チャリティーゴルフコンペ

 開催日 平成15年4月7日(月)
 場 所 グランベール京都ゴルフ倶楽部
  −奮ってご参加下さい!−


 


No.1へ

No.2

No.3へ